リナリア
「…安田さん、そんな指輪、してましたっけ?」

 なぜだかわからないが声が震えた。

「あぁ、これ?最近買いに行ったんだよね。お揃いのものがほしいって話になって。」

 少しだけ照れた頬。なるほど、これが誰かを想う人の顔かと納得してしまう。それと同時にざわつく胸の理由がわからない。混乱だけを残して、心臓がうるさく聞こえる。

「シンプルで可愛いですね。」
「ありがとう。」

 よく見る安田の笑顔のはずだった。それなのに、それ以上言葉が続かない。この場にいたくない、そんな気持ちが名桜の全てを支配した。名桜はアイスティーを持って、立ち上がった。

「お先に失礼します。今日はちょっと…疲れちゃいました。アイスティー、ご馳走様です。」
「お疲れ様!ゆっくり休んでね。」
「はい。ありがとうございます。」

 いつもと同じ、気遣い。優しい声に、優しい笑顔。それなのにいつもと違って見える。きっとそれは名桜の勝手でしかない。アイスティーをぐっと飲む。乾いていた喉が潤うのに、心拍は依然として早いままだ。飲み終えたカップを捨て、荷物と傘を掴んで外に飛び出した。教室で窓から眺めた雨とそう変わっていない。雨は全く弱まらなかったようだ。スタジオの中では空調が整えられていたことを思い知る。雨特有の匂いと湿度に、忘れかけていた頭痛が戻ってくる。
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