リナリア
 名桜の顔に休むことなく落ちてくる雨。粒がやや大きいのか、少しだけ痛い。だが、今はその痛さにもありがたさを感じる。痛ければ痛いほど、別の痛みをその時だけは感じなくて済むからだ。

(…意味が、わからない。どうして…?)

 どうしてこんなに、心がざわつくのか。どうして指輪と笑顔ばかりが浮かぶのか。あの優しい手が頭を撫でてくれたことや、名桜が受賞するたびに一緒に喜んでくれたことが鮮明に思い出されるのか。

(…はぁ、嫌だなぁ、もう。)

 知春が出ていたドラマのワンシーンみたいだ。あの場面は雨ではなかったし、もちろんヒロインに指輪はなかったけれど、ドラマの中の知春も、想う人が誰かのものになって気付いていた。

(…これが、『すき』、かぁ…。)

 こんな風に知る日が来るとは思わなかった。頭を撫でられると嬉しくて、一緒に写真を見る時間が楽しくて、それはそれでしかない感情で、それ以上でも以下でもないと思っていたのに。
 知春のあの切ない表情が蘇ってくる。あれは演技であり、もしかするとそれだけではなかったのかもしれない。一度、現実で味わった想いや表情を再現していたのだとしたら…?そんなことを思い、名桜は目を閉じた。またしても水が零れ落ちる。

 父が別の場所に撮影に行っている日で、なおかつ泊まりでよかった。今日は誰にも会いたくない。

(…ばかみたいだなぁ、ほんと。鈍感にも程がある。)
< 49 / 130 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop