リナリア
* * *

 仕事が終わって時計を見ると20時半を少し過ぎていた。

「お疲れ様でした。失礼します。」
「お疲れ様!明日もよろしくね。」
「はい、よろしくお願いします。」

 知春はしっかりと頭を下げて収録現場を後にした。外の湿度は夜なのにやや高いのか、少しだけ空気がべたべたする気がする。伊達眼鏡をかけ、髪を手櫛でぐしゃっと変え、電車に乗る。電車に乗ってもバレたことは一度もない。ほとんどの人がスマートフォンを見つめているからだ。例に漏れず知春もスマートフォンを取り出す。
 通知が1件。拓実からだった。

『名桜ちゃんに会ったよ。』

(…!?)

 まだ続きがある。

『朝言ってた好きなやつって名桜ちゃん?』

(朝…?あぁ、そんな話してた…な。それでなんで名桜?)

『今仕事終わった。名桜に何か言ったの?』

 すぐに返事はきた。

『知春と名桜ちゃんってどういう関係って訊いた。』

 知春は深いため息をついた。

(名桜に連絡しなきゃ…。)

『どうもこうもないよ。名桜の写真は好きだけど、それはたくが言ってるようなことじゃない。』
『ごめんごめん。だって知春が全然言ってくんねーからさ。』

(…言えるような相手じゃ、ないから。)

 おそらく朝、こぼれそうになった想いの欠片に、拓実が気付いただけの話なのだろう。それが名桜に繋がるとは思わなかったけれど。そして、拓実がこんな行動を起こすとも思わなかったけれど。
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