リナリア
 腕を引かれるがままに連れてこられたのは中庭だった。

「さすがに朝だしついてこないよね。」
「…意味が…わからない…。」
「注目されずに学校で話すの難しいな…。」
「それはあなたが芸能人だから…!」
「それはそうなんだけど、名桜も凄腕カメラマンで充分凄いのに、注目されないのは不公平じゃない?」
「カメラマンなんてそんなものです!」
「納得できない…。」

 目の前でも、この前と同様にくるくると表情が変わる。ただ、この前のように『仕事・演技』という空気感がなくなっただけで。

「って遅刻しちゃうので、手短にお願いします。」
「手短にっていうか、終わったよ、俺の話。」
「え?」
「次回はお父さんの横じゃなくて、メインでお願いしますって。」
「父の仕事に不満でもあるんですか?」
「いや、全然。麻倉さんにはよくしてもらってる。ただ名桜の写真に興味をもっただけ。」
「ますます意味が…。」
「明らかに、俺の『そのまま』を狙ってきたわけでしょ。」
「演技による笑顔は、…あまり好きじゃないんです。もちろん仕事上仕方ないというのもわかっていますけど。」
「だから狙ったんでしょ?」

 くっきりとした二重。その下にある黒目が、名桜を捕らえる。逃がす気はないようだ。

「ああいうところで素に戻ってるなんて、知らなかったな。」
「あれ1枚だけです。」
「それでも、あれは今まで見せていない『伊月知春』。名桜だけが気付いて、拾い上げた一瞬。完璧に演じること、それに徹することができなかった部分が見事にくり抜かれて、しかもそれが載るわけでしょ?」
「掲載許可を出さなければ…。」
「…それはできなかった。」
「なんで…?」
「マネージャーがえらく気に入っちゃったから。」
「マネージャーさん、喜んでくださったんですね。」
「…なんで嬉しそうなの。」
「自分の撮った写真を誰かが喜んでくれる。それって一番の幸せです。今の私にとって。」

 迷いなく言える。これだけは、確かに。
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