リナリア
* * *

 打ち合わせの1時間後には式が始まった。

(ベールの刺繍も綺麗…)

 ウエディングドレスというものはこれほどまでに細部までこだわって作られているということを改めて知る。光を受けて輝く花嫁という存在そのものは被写体として完璧すぎて、名桜は夢中でシャッターを切った。
 ふと、深冬の親族が座る席にレンズを向けると涙ぐむ母、一仕事を終えてほっとした表情を浮かべる父、そして、とてもじゃないが喜んでいるとは思えない表情を浮かべた知春が目に入った。

(…どうして知春さん、…あんな顔…。)

 いつも通りの綺麗な顔であることは間違いないが、それだけではなかった。やはりどこか、切なそうに見えてしまう。祝福していないわけではないのだろうけれど、どこか遠くを見つめていたあの日の横顔に似ていると思ってしまう。
 申し訳ないとは思いつつ、家族の写真も残すべきだろうと思って一枚だけシャッターを切った。どうか他の人にはその切なそうな表情が伝わらないように、と願いながら。

 誓いのキスでは、シャッターにかけた指に緊張が走った。タイミングは一度。一番綺麗な形で残したいと思えば思うほど緊張した。
 そっと深冬の頬に添えられた手。近付く唇。そのひとつひとつの仕草が、お互いを大事に想っていることを真っ直ぐに伝えてくれた。
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