リナリア
「…知春、さん?」
「ちゃんと、笑えてた?」
「え?」

 知春の顔に、笑顔はもうない。真っ直ぐに、射貫くように見つめられれば名桜は向き合うしかなくなる。

「笑ってるつもりだった。いい弟として。たった1枚だけ写ってたあの写真だけ、そうじゃなかったけど。名桜の写真以外で、俺は笑えてたよね?」
「…やっぱり、私の思い違いじゃないん…ですか?」
「…思い違いじゃないよ。精一杯の『演技』だ。」

 切なそうな横顔が向けられた先にいたのは、深冬。

『絶対に叶わない想いを抱いてて、告白もできない』
『もうすぐ結婚するから、その人』

 暗室での話がフラッシュバックする。

「俺の好きなひと、わかった?」

 あえて、今できる最大限で明るくそう言ってくれていることがわかる。名桜の方が泣きそうになる。痛い想いをしたのは、そんなに前の話じゃない。安田の顔が見れなくて、気まずい思いなら今もしている。
 強く頷いたら涙が零れ落ちそうだった。名桜は小さく頷いた。

「本当の姉弟じゃないんだよね。親が再婚だから。父さんとは血が繋がってて、深冬は母さんの連れ子。家族仲は悪くないよ。」
「…そう、見えました。バージンロードを歩く姿も、綺麗でしたし。」
「父さん、めちゃくちゃ緊張してて面白かったね。」

 そんな風に、笑わないでほしい。名桜には無理して笑っているようにしか見えない。

「知春さん。」
「何?」
「…笑うのに、疲れてたんですね。」
「…そう、かも。」
「ここには私以外誰もいませんし、笑わなくていいですよ。むしろ今笑う知春さんは、何だか変です。」
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