リナリア
* * *

 知春は唇を噛んだ。名桜にはお見通しだった。それは出会ったときからそうで、本当は今日最初に会ったときにはもう、名桜は何か言いたげだった。それをあえて言わないでいてくれたのは、名桜が優しいからにほかならない。
 見抜かれていたことを、出会った時よりもすんなりと受け入れることができるのは、名桜の涙を見たからだろう。
 知春はそっと、名桜との距離を詰めた。自分よりも10センチは低い肩に頭を乗せた。

「…知春…さん?」
「疲れた…。」
「お疲れ様でした。」

 名桜の右手が、遠慮がちに知春の肩に触れた。抱きしめるわけでもなく、ただ置かれたその手から伝わる温もりがひたすらに優しい。

「名桜もお疲れ様。疲れたよね。」
「…身体的には疲れましたけど、精神的な疲労はないですよ。むしろ、とてもいいものを見せていただきました。」
「幸せそうだったね。」
「知春さんは、笑えていましたよ。」
「…なら、いい。」

 目を閉じると、涙が零れた。演技だと割り切って挑むつもりでいた。それなのに、名桜の写真にはわかりやすく未練を残した自分がありありと写っていて、今目を閉じて浮かぶあの自分の表情が胸を突き刺した。

「…想う人が幸せならいい、なんてそんな大人なこと、思えないですよ。だから、知春さんは頑張りすぎですね。」
「結局崩れてるんだから頑張りきれなかったでしょ。」
「今はいいんです。こういう時はお互い様ですよ。私も前、助けてもらいました。」
「…そっか。」

 この日が来ることも想いが成就しないことも、全てわかっていて断ち切るタイミングが掴めないでいた。今日名桜を呼んだのは、いい写真を撮ってほしかった気持ちもあるけれど、息を抜きたかった。独りでではなく、名桜と。
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