リナリア
* * *

『あーあ、名桜がとられちゃってるぞー?』

 その言葉に焦った自分がいたのは確かだった。その言葉がなくても、ここのところの自分は焦っていたのだと思う。
 名桜の一番近くにいる男は自分だと思っていた。…間違いなく、自惚れていたんだ。

 写真のことしか頭にない名桜なら、『他の男が寄ってくることはきっとない』だろうと高をくくって。そして実際、目の前で当たり前のように仲がいい2人を見せられて、どうしてもっと早く行動していなかったのかと、より焦る気持ちだけが生まれていく。

「名桜。」
「はい?」
「髪飾り取れそう。頭だけちょっと貸して。」
「うわ、すみません。」

 大人しく伊月知春の方に背を向け、髪飾りを差し直してもらう名桜に少しだけ苛立ってしまう。苛立ちを向ける先は名桜であっていいはずがないのに。

「こういう飾りも梶さんの私物?」
「…だと思います。お金は受け取ってもらえなかったので、今度美味しいお菓子でも差し入れします。」
「俺もそうしよ。」

 この顔に、この優しさに勝てる気がしない。そもそも、伊月知春の気持ちを確かめたわけでもないのにそんなことを思う。

(名桜。お前は全然気付いてないんだろうな。)

 気付いてもらう努力をしていない、…わけでもなかったとは思っている。言い訳のように思えないこともないけれど。

(…気付いてもらえたとして、伝えたとして、壊れた時にどうしたらいい?)

 その気持ちがなくならない限り、伝えることをしないのだとしたら俺はとんだ臆病者だ。
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