アシスタント!!
「冗談でしょうと一蹴されて、傷つきました」


「そんな!…ことは…」


言った気がする。ぼんやり思い出してきた。


「おまけに次の日、昔の直見さんをよう知っとるとかいう奴が

いきなり出てきて、あげに楽しそうに喋っとらしたから、

無性に悔しくなりました。やたらいい男やったとやし。

ああこれは僕なんか圏外やって」


やはり木下の言った通り、焼きもちだったのか。


「行ったらいれんとか言うたものの、本当に行ったらどげん

しようと思いました。そのあとも、怒ってここ飛び出したのに、

救急車の音聞いて、気付いたら飛び出しとったとに。なんのこともない。

駐車場ん所で2人で仲良さげにしとったし。めちゃくちゃ傷付きましたよ。

携帯も繋がらんことなるし、いつまでも帰ってこんし……」


声も、握った手も、震えてきていた。


アシスタントに八つ当たりして、匙を投げられて。だから部屋が荒れていたのだ。


「あの女が来たときも、具合悪かて、あのまま帰ってしまったし」


直見は改めて、那住を愛おしいと思った。


「…冗談でしょうと言ったのは、私がオバサンだから、お酒の席で

からかわれてるだけだと思って。真に受けたらダメだと。それに、

ここの心地よい空気を失いたくなかったから。精一杯、ごまかしたんです」



いつの間にか涙ぐんでいた。


「…じゃあ、よかとですか」


「もちろんです」


「直見さんの性格からして、仕事中もそのあとも、あの言葉の

あとの態度と思えんかったから。もう一度聞かんかったら、

一生後悔するところです」


見ていないようで、ちゃんと見ているのだ。


「私なんて、バツイチで子持ちで、漫画オタクで」


「余計なことは気にせんでいいです」


「先生…」


「…僕も、若かったんです。空想の人間にまやかされて、

言われるままに判を押して。気付いたら紙の上の夫婦に

なってました。終いには方言までバカにされるし」


「…彼女のイメージ、合ってましたもんね、あの原作に」


「覚えとるんですか?」


「もちろんです!コアなファンですから」


くくっ、と那住が笑う。


初めて笑った顔を見たかもしれない。


「あなたには敵わんとです。もっと早くに出会うべきでした」


「失敗する前に?でもそれがあるからこその、今ですよ」


「そうですね」


ふたり、吹っ切れたように微笑んだ。
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