人魚になんて、なれない
4th Day side海音
八月初日の土曜日。美術室。現在の時刻、午前八時。


海音は、今日も早くから美術室にいた。


初日に菊池と会って以来、早起きが身についてしまった海音は、清々しい気分でキャンバスに向かっている。


無表情のトルソーとイーゼルが立ち並ぶ教室にいると、自分が教師だということを忘れそうになる。


結局、やっていることは変わっていないのだ。


学生時代も、教師になった今も。


昼夜なく絵を描いて、描いて、描き続けた。


自分の中に生まれるイメージを映し出す。


イメージ通りに描けると気持ちいい。


多分、絵が好きな理由はそれなんだろうと、海音は思う。


いつもより筆の進みがよかった。


するすると、面白いように色が乗る。


赤、黄、緑、紫、茶、黒、白……。


数え切れないほど色の種類があるのに、海音の描く絵はほとんどが『青』だった。


淡い青、濃い青、澄んだ青、にごった青、緑がかった青に紫味の強い青。


だが海音は、青があまり好きではなかった。


むしろ、嫌いに近いかもしれない。


けれど、一番書きたい色なのだ。


この矛盾があるから、菊池のことも指摘できない。
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