人魚になんて、なれない
「カーノーンーちゃんっ!」


正午のチャイムが鳴るまであと三十分というところで、突然美術室のドアが開かれた。


見れば、制服を着崩した女生徒が満面の笑みで俺を見ている。


「なんだ、峰か」


峰さくら。


美術部に所属する三年で、部長を務めている。


俺のことを『カノンちゃん』と呼び(海音という字をカノンと読んだらしい)、周囲にもそれを勧めているらしい。


「だから、『カノンちゃん』って呼ぶんじゃない。俺は教師だぞ」


ああ、この『俺は教師だぞ』ってセリフ、ここ数日で何回言ったことか。


菊池も峰も、俺のこと教師と思ってないんじゃないか……?


でも、そういえば……菊池は俺のことちゃんと『先生』って呼んでるな。


「いいじゃない、可愛らしくて」


俺の言ったことなんか聞いちゃいない峰は、教室の隅から丸椅子を引っ張ってきて隣に座った。


「で? 何でこんなところにいるんだ? 美術部の集まりは八月の半ばだったろ」


夏休み真っ只中の学校にいる理由がないだろうと聞くと、峰はけーちゃんに会いに来た、と言う。




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