人魚になんて、なれない
「先生。あたし、海が嫌いなのか自分でも分からないんです」


親友が死んでも涙を流さないなんて、どんな冷たい女なんだろうって感じ。


でも、本当に涙が流れなかった。


波糸を見て一番に思ったのは、うらやましい、という感情だったから。


「あたしも、人魚になりたかった。だから波糸がうらやましい。でも、波糸を連れて行ってしまった海は嫌い」


波糸だけを呼んだ海が嫌いなのか、誘ってくれなかった波糸が憎いのか。


その両方なのか、それともまったく違う理由なのか。


いまだによく分からない。


「あたしが海に入らない本当の理由は……海に入ったら、自分がどうなるか分からないから。海に惹かれて、帰れなくなりそうだから」


波糸はずるい。


波糸がいなくなった後の、おばさんとおじさんの姿を知ってる?


泣いて泣いて、この世の終わりみたいに絶望して。


そんな姿を見ちゃったら、あたしは海に入ることはできない。


家族を悲しませることは、できない。


「あたしは……人魚になんてなれない」


波糸のようには、なれない。


自分の感情のまま話したら、少しすっきりした。


こんな話、今まで誰にもしたことなかったから。


先生、ちょっと引いちゃったんじゃないかな?


そろり、と先生を見ると、またうつむいちゃってる。


「先生……」


「明日、またここに来てくれないか?」


先生はうつむいたまま、でもはっきりとそう言った。


「お前ばっかりに話させちゃ、不公平だろ。明日話すよ。……俺が海の絵を描く理由を」





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