人魚になんて、なれない
「ああー! なにやってんだ俺!」


胸の中に渦巻くもやもやとしたものに辟易して、ひとり髪の毛をかきむしっていると、がらがらがら、と扉が開かれた。


「……なにしてるんですか、先生」


「……菊池」


きちんと制服を着た菊池が、美術室と廊下の境に立っていた。


……訝しげな視線を俺に送りながら。


「先生、お昼まだですよね? お弁当持ってきました」


菊池はすたすたと入ってくる。


……ちゃんと、来てくれたんだな。


今日は来ないものだと思い込んでいた俺は、心の中で今度は安堵のため息を漏らした。


菊池はさっさと机に重箱を並べて食事の用意をしている。


早く席についてください、と手招かれ、素直に従う。


菊池は、『普通』だった。冗談を言えば鋭く突っ込みをいれ、あきれた顔を見せる。


今朝、プールにいなかったことを除けば、いつもどおりだ。


立派な弁当をありがたくいただいた後、今朝から俺の脳みそをかき回していた疑問を口にした。





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