LOGICAL PURENESS―秀才は初恋を理論する―
丘の景色には音がなかった。
風が吹くのも、木の葉がそよぐのも、彼女が笑うのも、犬が息をするのも、すべてが無音だ。
ただ、ぼくたち四人がたてる音だけが聞こえる。
身じろぎをした、きぬずれの音。
理仁くんがくすぐったそうな目をして、つぶやいた言葉。
「姉貴の九歳か十歳のころ、だと思う。親父の仕事の関係で、フランスのいなかに住んでたんだ。
この犬、そのころ飼ってたやつ。けっこうデカいけど、まだ大人じゃなくてね。成犬と比べたら、やっぱ華奢な体つきしてるし、顔があどけないよ」
鈴蘭さんが、女の子と犬を見つめて目を細めた。
「ワンちゃんの名前、何ていうんですか?」
「キキ。ほら、めっちゃ嬉しそうな、嬉々とした顔してるから。姉貴はキキのこと、大好きだったらしい。
おれはこのころ、一歳か二歳だから、キキのことは全然覚えてねーや。住んでた場所の風景とかは、いくつか記憶にあるけど」