押しかけ社員になります!
今日あんな話をしたんだもの。部長はきっと…。
「部長、ご飯は?」
「まだだ。だけどいいぞ。顔を見に寄っただけだから」
あ…。では、やはりすぐ帰ってしまうの?この腕の中で、今夜は眠れないんだ。
「ではお風呂も?」
「…そうだな、入らない」
そうよね。すぐ帰るって言ってるのに…。何をわざわざ寂しくなるような事を確認しているんだろ。
「では、珈琲でも飲まれますか?」
「あー、…そうだな。いや、…止めておこう」
…上がれば長居したくなってしまう。
上がらずに帰るくらいの事?ここでさようなら?
「…嫌」
「西野?…」
「嫌です」
「…どうした」
「もう少し一緒に居て…居たいです」
下から顔を窺い、抱き着き直した。
「西野…。今夜の西野は俺を困らせるんだな…」
「…はい。だって、せっかく部長が会いに来てくれたのに、もう帰るなんて…そんなの、嫌です」
いつもいきなり来て、…迫られたりもしてるのに。
「あっさり帰るなんて酷いです」
…いや、私、何言ってるんだろう。これでは、…欲しがっているようなもの…。部長の気持ち、解っているのに、全然尊重していない。
「ん。…酷いな。でも、顔だけでも見たかったんだ。安心したかった。今夜は帰る。帰らなくてはいけないんだ。ごめんな」
用があるんだ。部長…。部長の黒いトレンチは冷たかった。またすぐ冷たくなるんだ。どうしても帰らないといけない用があるんだ。それでも、少しだけでも会いに来てくれたんだ。
そう思う事にした。これ以上困らせてはいけない。
「…ごめんなさい。我が儘を言いました」
「いや、困らされてこんなに嬉しかった事はない。いつもこんなに強請ってくれると嬉しいな…」
優しく微笑まれて、頬に右手を当てられた。あ…凄く好きです、部長も、この手も。
「…おやすみ、西野」
「はい、…おやすみなさい」
離れたくなくてじっと見つめてしまった。
あ、…部長。一歩踏み込み、玄関に押し戻されると同時に、部長は屈み込み首を傾げた。
唇が触れた…。
片手で抱きしめ、おやすみと耳元で囁くと部長は帰って行った。