押しかけ社員になります!
「…大丈夫だ」
「はい」
部長が手を握ってくれた。
「行こうか」
「はい」
………ふぅ。
圧倒的な門構えに既に飲み込まれそうだった。
「初めまして。西野和夏と申します。部長…吉城さんとお付き合い(お付き合いって言っていいんだっけ…)させて頂いております」
「初めまして。吉城の母です。こんな遠くまで、有難う、ごめんなさいね。
さあ、掛けて。
吉城はいいわ。菊次郎と散歩にでも行ってて?私、和夏さんと話がしたいから」
……ぇ、早々に二人?……。そんな…部長…?…。
「はいはい。妙な事、話すなよな」
「どうしようかしらね。フフフ」
部長~、ワンちゃんのとこに行っちゃうんだ。一緒に居てくれないんだ。下手なこと言っちゃったらどうしよう…。
大丈夫だ、心配無いから、部長はそう囁くと、両肩に手を置き、ポンポンとして居なくなってしまった。
…私が菊次郎になりたい、…。
………ゴク。
「和夏さんは、吉城の昔の事は、もう聞いて知っているわよね?」
あ、いきなり、その話…。そうよね、挨拶に来るくらいなんだから。
「はい。おおよその事は、です」
「吉城も、もう四十前…。こんな日が来るなんて…、もう諦めかけていたのよ?本人には言わないけどね、内緒よ?
でも、良かった…。こうして貴女が来てくれて。…有難う。
吉城を、また、人を好きになれる人間に戻してくれて」
はぁ……。
「いいえ、私は何も。…ただ好きなだけです」
そう、ただ好きを押し付け続けただけ。お母様が頷いた。
「…怖がらないで欲しいのよ?」
「え?」
「吉城が人を信じられなくなった事ばかりに囚われて、遠慮はしないで欲しいの」
「それは、どういう事でしょうか?」
鈍い?聞き返した事で物分かりが悪いって思われてしまったかな。
「疑っていいって事よ。吉城の内面を気遣うばかりに、貴女が感じた不安や不信を、吉城に聞けなくなってしまっては、貴女が壊れてしまうから。
好きな者同士が一緒に居れば、疑問が浮かぶ事もあるものでしょ?だって一番近い他人なんですからね。大小に拘わらず、衝突する事は色々あるものよ。
そんな時は躊躇せず、吉城に詰め寄って欲しいの。
貴女は信じられる人、そう思ったから吉城も好きになったのよ。だから大丈夫。
疑う事が信じる事にもなるのよ。当たり前に喧嘩もして頂戴ね?遠慮しては駄目よ?
吉城のためにも」
あ…。ご自分の離婚の経緯も含めて言ってくれているんだ。
「はい、大丈夫だと思います」