押しかけ社員になります!
「んんっ!」

はっ…いけない。少しの間でも作ってしまっては敬遠していると思われてしまうのに。そうなっては本末転倒というもの。

「はぁ…、西野…。座ってもいいのか、駄目なのか、どっちだ…」

ヒェー。随分待たせてしまったでしょうか…?

「あ、はい。すみません、ど、どうぞ?」

椅子の背を掴み、少し引いてみせた。

「いいんだな?」

「はい。大変…お待たせ致しました…」

…ひぇ、やっぱり待たせてしまったのよね。だけど、部長もいいって言うまで律儀に待ってるなんて…。
…座ればいいのに。

「いつも弁当なのか?」

「え?あ、はい。はい、大体は」

あー、なんだか調子が狂うな…。既に最初で躓いてるし、…普通の会話って、話し慣れても無いし。…お弁当だったら何?
部長は、ザ、部長って位置でしか接していないから、急にフランクに話し掛けられると、嬉しいけど戸惑ってしまうじゃない?こんな近くで大好きな声を聞けて…尚更嬉しいけど、心と反して戸惑ってしまう。普段自分からグイグイいってる割に、書類だけのアピールだけど。こんな風な予期せぬ事には物凄く対応に困ってしまうんだから。

「俺、玉子焼き好きなんだよな」

「え?あ、そうなんですか?」

へぇ。これは…思いもよらぬ有り難い情報提供。玉子焼き好き、はい、頂きました。
……ん?何だか、お弁当見てます?…玉子焼き、食べたいって事なのかな。

「あの、少し甘めのだし巻きですが、良かったら食べますか?」

「いいのか?」

「はい。お口に合うかどうかですが、こんなので良ければ、どうぞ」

た、食べるんだ。いつも通り作っただけなんて何だか悔しい。こんな事なら、気合いを入れて作っておくんだった。
お菜の入った方の容器を部長にツーッと寄せた。

「ん、では、遠慮無く」

箸で摘まむと口に運んだ。た、食べた。……どうなんでしょうか?

「…うん、…うん、…旨いよ。俺の好きな味だ」

本当に?…よっしゃー!心でガッツポーズ、顔はあくまで平然とよ。…ほお。玉子焼きはこの味が好きなのね。じっくり味わってから旨いと言ってくれたんだもの、お世辞ではないよね。よしよし。

「そうですか?それは良かったです」

駄目…さりげなくしてないとフフ、顔が緩みそう。フフフ。…嬉しい!

「…フッ。俺のも、食べるか?」

えっ?!…何、何。どういう事?何がどうしたの?お菜のトレード?

「んん?俺は食えないぞ?酢鶏じゃない。…そんなに俺の顔を凝視するな…。要らなきゃ別に、…無理にとは言わないが…」

はっ。いけない。つい、疑問のあまり…多分、不思議そうな顔をしていたと思う。しかもそんな顔つきで暫く見つめてしまったはず、間違いない。……恥ずかしい。

「あ、いえいえ。食べます食べます。折角の部長のご厚意ですから。頂きます。…黒酢いいですよね。ん、…美味しいです」

ま、社食の調理の方がこしらえた物なんだけどね。ご飯のすすむ味というか、甘酢って箸がすすむ。
狼狽えた誤魔化しもあって、部長のなのに、ついつい沢山食べてしまいそうになった。
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