押しかけ社員になります!

「西野…、西野。起きてくれないか?」

「……ん。……は、い…」

う~ん…。部長…。優しくて目覚めにぴったりのトーン。いい声…。

「…ん、……え、部長。もうスーツに?」

着替えを済ませている部長はベッドに座り、私の頭を撫でていた。

「西野、すまない、帰らなくちゃいけない。ネクタイ、結んでくれるか?」

「あ、はい」

衿を立ててネクタイを掛け、部長が体の向きを変えた。
目を擦り、息を調えた。シュルっと長さを調整して結び、喉元まで上げた。衿を戻して形を整えた。

「はい…、出来ました」

「ん、有難う。西野、連絡する。少し抱きしめさせてくれ」

あ。短い時間だった。ギュッと抱きしめて離れた。

「…じゃあな。そのままでいいから。ここで」

「あ、はい…」

「あー、また寝る前に、忘れず、俺が出たら鍵は直ぐするんだぞ」

「はい、解ってます…」

「うん。…じゃあ」

「…はい」

こんなに早く帰るなんて。何か急用でも出来たのだろう。部長の顔になっていた。
だから、抱きしめた以上の事はしなかったんだ。
玄関先までの見送りさえさせて貰えなかった。

部長、少し切ない顔だった。
私も切なかった。
こんな朝を迎えるとは思っていなかった。

はぁ…。昨夜は普通に寝たようだ。身体に何も異常は無い。何となくだけど、明日、会えない気がした。
起きよう。起きて洗濯しよう。
部長のシャツもパンツも洗濯しておかなくては。
あ、先に鍵しなくちゃね。
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