モテ系同期と偽装恋愛!?
点滅信号の横断歩道を渡るその後ろ姿に、見覚えがあった。
毛先を少々遊ばせたストレートの黒い短髪に、引き締まった細身の体躯と長い足。
人気俳優並みのルックスを持つ彼は……横山くん。
スーツのジャケットは脱いでいて、白いワイシャツの肩や袖が濡れている。
どこへ行くのかと目で追っていたら、彼は横断歩道を渡った先の、一軒のお店の中に入って行った。
うちの会社の前は二車線の道路で、道路を挟んだ斜め向かいには、こじんまりとしたパン屋がある。
イートインスペースはないのでランチ場所にはできないが、買ってきて社内で食べる人もいるし、私は会社帰りに立ち寄り、朝食用のバターロールや菓子パンをたまに購入する。
桃ちゃんも横山くんに気づいて「あいつ、なにやってんのよ」と呟いていた。
そう言った理由は、昼出社してきてすぐにパンを買いに走ることがおかしいと感じるからだ。
普通は昼食を済ませてから来る。
食べる時間がなかったとしても通勤途中で買ってくるべきで、雨の中ワイシャツを濡らし、出社してすぐに昼休憩に入ろうとしている彼を自由な人だと思っていた。
閉じたパン屋の自動ドアを呆れた視線で眺めていたら、他部署の女子社員に話しかけられた。
「そこ、空きますか?」
満席に近い社食では、食べ終えたらすぐに席を立つのがマナーというもの。
「すみません」と謝り、トレーを手に急いでその場を後にした。
社食を出ると、何歩も歩かないうちに、また声をかけられる。
「紗姫さん、今、話せますか?」と笑顔で近づいてきたのは、さっきの食券販売機前で声をかけてきた一年生男性社員。
今度はひとりで、連れはいない。
ニコニコと邪気のない笑顔を向けているけれど、下心があるのは分かっている。
こういう場面は幾度となく経験してきているから。
「仕事に関する話なら聞くけど、それ以外はお断り」
困る言葉を言われる前に引いてほしいので、あからさまに嫌そうな顔をしてみせた。
しかし、彼にダメージは与えられなかったみたいで、「新人の相談に乗るのも仕事じゃないですか~」と笑って流される。
その後には予想通りと言うべきか「今度飲みに行きませんか? そちらの癒し系の先輩もご一緒に。僕も男友達をひとり連れて行きますので」と誘われた。