モテ系同期と偽装恋愛!?
不遇な学生時代に出会った強引な男子達のせいで、近づかれることに恐怖を感じてしまう。
満員電車も苦手なので、住まいも会社の徒歩圏の賃貸マンションを選んだ。
仕事上、取引相手の男性と握手をすることも当然あるが、作り笑顔の裏側では青ざめて、背中には冷や汗が流れ落ちている。
そんな私なので、しつこい彼との距離をこれ以上縮めたくないけれど、ここで終わりにするために、ありったけの勇気を奮い起こした。
両手で彼の肩を強く押し、壁に押し付ける。
それから右腕を彼の顔横に突き立て、左手でネクタイを掴んで引っ張り、顔の距離を十五センチまで近づけた。
「さ、紗姫さん、苦しいです……」
ネクタイで首が絞まっているから当然だ。
でも私も苦しい。
拭いきれぬ男性への恐怖心に心臓がバクバクと嫌な音を立て、本当は泣いて今すぐ逃げ出したい気持ちでいる。
その恐怖を意志の力で押し込めて、自分の身を守るために攻撃を続けた。
「私を満足させるために、一生懸命に頑張ってくれるというのね? じゃあ、やってみなさいよ。今、ここで。ただし、私が不快に感じた時点で終わりよ。二度と話しかけないで」
ネクタイを掴む左手に更に力を加えると、彼は苦しげに呻いてやっとギブアップしてくれた。
怯えた顔で「すみませんでした」と謝り、バタバタと廊下を引き返していなくなる。
まだ壁に向かったままの私は、肩で大きな呼吸を繰り返していた。
ネクタイを掴んでいた左手がフルフルと震え、それを止めようと右手で握りしめたのに、止まるどころか右手にも震えが伝染していた。
後ろでドアの開く音と桃ちゃんの声がする。
「紗姫、ここ誰もいないみたいだから、取り敢えず入ろうか」
備品保管庫と書かれたこの部屋は、コピー用紙や新品のファイルや筆記用具などの事務用品がストックされている場所。
たまに庶務の人が来る以外に、滅多に社員は立ち入らないだろう。
促されて備品保管庫に入りドアを閉めると、「お疲れ様」と桃ちゃんに言ってもらえた。
その途端に緊張と恐怖から一気に解放されて、涙が溢れる。
「桃ちゃん、怖かったよ~」
身長百六十三センチの私が、百五十センチそこそこの小柄な彼女に抱きついて、子供みたいにしゃくり上げ、泣いてしまった。