モテ系同期と偽装恋愛!?
一階の社員食堂に足を踏み入れると、やはりと言うべきか混雑していた。
天気がいい日は迷わず外のお店に食べに行く。そのほうが素顔を出すことができて楽だから。
でも今日みたいな雨の日は仕方ない。
桃ちゃんを濡らしてまで外に行きたいと思わなかった。
約六十人が収容できる社員食堂は、すでに三分の二ほどの席が埋まっていた。
私が中に入って行くと、食事中の男性社員たちがチラチラと視線を向けてくる。
なんとなくいやらしさを感じる視線を気にしないようにして食券販売機に並んでいたら、後ろからトントンと肩を叩かれた。
「ライフサイエンス事業部の横山紗姫さんですよね。うわ~綺麗だな~。食券なら僕が買っておきますからどうぞ席に座っていて下さい」
短めの黒い髪と丸い鼻、スーツ姿がまだ板に付いていないような彼はきっと二十代前半。
人懐っこい笑顔で話しかけられても、私は彼を知らなかった。
名前も顔も知らないということは、入社したての他部署の一年生なのかもしれない。
声をかけてきた彼の隣には、同じく見覚えのない若い男性社員がいて、「バカ、なに気安く声かけてんだよ!」と、小声にならない囁き声で叱りつけていた。
焦り具合や発言からいって、恐らく彼は私がお姫様と呼ばれる高飛車女だという噂を聞いているのだろう。
声をかけてきたほうの彼は、それを知らないのか、それとも怖いもの知らずなだけなのか。
食券を代わりに買ってあげるという申し出を「結構よ」と冷たく切り捨て背を向けた。
すると「噂通りだな」という小声が後ろに聞こえて……分かっているなら話しかけないでほしいのにと、心の中でそっと呟いた。
混み合う昼時の社食で、窓際のふたり用テーブルがタイミングよく空き、そこに桃ちゃんと向かい合って座る。
四人、六人掛けのテーブルだと男性社員と相席になる恐れがあるので、なるべく座りたくない。
社食の中では安心できる席を確保できたことにホッとしていた。
私は冷やし中華で、桃ちゃんは鯵フライがメインの日替わり定食を選んだ。
ツルツルと冷たい麺を啜りながら話すのは、昨日観た恋愛物のドラマについて。
男性は苦手でも美的感覚は正常なので、画面の中の俳優をかっこいいと感じるし、自分のことじゃなければ恋の話も楽しめた。
お喋りしながら食べ終えて、椅子から立ち上がる。
テーブル横の窓の外は相変わらず雨が降り続き、徐々に雨足が強くなっているように感じる。
サアサアとアスファルトを打つ雨音が、屋内にまで聞こえていた。
「帰る頃には止んでくれないかな」と桃ちゃんが言ったとき、ビニール傘を差した男性が目の前を走り抜けた。