~赤い月が陰る頃~吸血鬼×妖狐執事
九条凜の1日
「おいしそうだね」
昼休み。
我先にと食堂へと急ぐ生徒達を横目に、私はもたされた弁当箱の風呂敷を解く。
「ねぇ、そんな豪華なお弁当、一体誰が作ってくれたの?」
「……家の者だ」
「へぇ……!凜ってお金持ちそうだね!
ひょっとして、おかえりなさいませ、お嬢様。とか言われてたりしてー!」
昼間からぎゃーぎゃーと元気なこの子は、名簿によると桐谷桜(きりたに さくら)というらしい。
喋るたびに、頭の高い位置で結ばれた、長い茶色がかった髪がぴょんぴょんとはねる。
それをなんとなく目で追っていると、
不意にずいっと桜が顔をこちらに寄せてくる。
「ねぇ、聞いてる?ねぇねぇ!」
「……あ、あぁ」
「やっぱり凛はどこかのお嬢様だったりするわけ?」
この学校では別に珍しくもない話だ。
知っているだけでも、
某お菓子メーカーの御曹司、有名ファッション雑誌のモデル、芸能人の息子、某人気アイドルグループのアイドルなどがこの学年に在席している。
私も貴族と言われればそうだ。
だが、私の場合は他とは少し違う。
この子の言っている事はあながち間違いではないが、
私は肩書きなど何も無い、いや、知られてはいない、貴族の血筋だ。
「……いや」
詮索されると面倒だと思い、嘘をついた。
「へぇ、じゃあ私とおんなじだね!
私も普通の家で育ったの!貧乏だけどね!
でも一緒の人がいたなんて、なんだか嬉しいなぁ。
あのね、私の名前は────
「桐谷 桜」
私は、遮るようにそう言って、
同じだと言って喜ぶ彼女に、どこか小さな罪悪感に苛まれていた私は、
弁当を風呂敷で包み直し、
どこか一人になれる場所を探しに行こうと席を立ち、教室の扉へと足を運んだ。