~赤い月が陰る頃~吸血鬼×妖狐執事
それぞれの秘密
九条凜の衝動
部屋に着くと、私は制服のネクタイを緩めた。
「……はぁ」
そのままベッドへと腰掛けると、
ひとりでにため息が漏れる。
(……これから無事にやっていけるだろうか)
私達は元来、人とあいまみえてよい存在ではない。
私は、ある一つの目的のために学校へ行っている。
だからこそあの学校で、誰かに心を許すようなこと
があってはならないのだ。
(桜や絋……仲良くなれるか…な)
((お前にトモダチなどデキナイ))
((イラナイ、必要ナイ、傷つけるダケ))
((キャァァァーーー、凜、凜っ!やめてぇっ!))
「……わ、たしは───」
ふと、見覚えのある赤い光景が、脳内でフラッシュバックのように次々と再生される。
(くっ……これはアスモデウスの幻覚……!)
「っあ…………ぁ」
(い、やだ……)
不意に、心臓に鋭い痛みに体が跳ねた。
「…………っ」
何かに縋るように、私は胸の上で拳をぎゅっと握りしめた。
「……はぁ、はぁ……」
息が荒くなり、心の奥底が悲鳴を上げるように、
私の体が、内側から熱を帯びていく。
(体が痺れる…)
「……ぅっ…ぁ…」
耐えきれなくなって、ベッドからずり落ち、床に手をつく。
(……っっ、なんなんだ……)
いつもはすぐに治まる衝動が、今日はいつにも増して、脈打つように体を支配していった。
ふと、窓が風に煽られて、不自然に開け放たれ、純白の布が波打つように揺れる。
その時、私は目をゆっくりと見開いた。
(っ、そうか……)
────今宵は、満月。
満月の夜は、目覚めの夜。
奥底に眠る記憶や衝動が引きずり出されやすくなる。それにアスモデウスが手を加えたから────
瞳に映った、
煌々と輝く月が私の思考を停止させてゆく……
こんこん
不意に扉の向こうから声がした。
「お嬢様。お食事の準備が整っておりますが、いかがされましたか……?」
この声は、零……か……?
「……!」
月に魅入られていた私は、朦朧としながら、
注がれる光の中で、目を赤く染め、
今にも、右頬の呪印を浮かび上がらせようとしていた。
「……ぁ……ぅっ……」
問題ない、言おうとしたその言葉は声にはならなかった。
「……っ!」
扉の向こうから息を呑む声が聞こえた。
次の瞬間には、扉が乱暴に開かれ、零は険しい目で私を捉えた。
────来るな……!
いつもなら、睨みの一つでも利かせてやるところだ
が、
私はただ朦朧とする意識の中で、
荒く息を吐きながら、零が来るのを待つことしか出来なかった。
「凜様……!」
零はうつむき気味の私の肩をつかみ、あごを持ち上げて、ゆっくりと上を向かせる。
とても怪訝そうな顔をしている。
そして、私の顔に掛かった髪をそっと掻き分け、無造作に耳にかけられた。
零の目に、赤くぼんやりした光と、私の醜い呪印があらわになって映った。
「……っ」
私を見つめる目は、ゆっくりと大きく見開いた。
────あぁ、やってしまった……
できれば、見せたくなかった。
零は、私が吸血鬼であることを知っている。
でも、見るのは初めてだろう。
きっと痛々しいと感じただろう。
きっと醜いと思っただろう。
零も、私から離れていくのか……
結局、私は……
────ふわっ
不意に私の体が傾き、温かく包み込まれた。
「……!」
いつもは、あまり秘めた感情を外に出すことのない零が、
なにかに耐えるような表情で、
私を強く抱き締めていた。
「……ぅ……ぁっ」
(な、んで……?)
この気持ちもやはり、声にはならなかった。
私は朦朧とした意識の中、閉じかけた目でゆっくりと零の顔を見上げる。
初めて直視したその目は、
哀しみをたたえながらも、奥を見通すことの出来ない、竜胆色(りんどういろ)をしていた。
「……お嬢様。俺は……」
私の意識はそこで途切れた────