KANON
母さんから話を聞くと、母さんの友達に心理カウンセラーがいて、催眠術で記憶を探ろうという話だった。
今度の土曜日に勝手に予定を入れたらしい。
そう言って母さんは俺の家に戻った。
俺の中で違和感を感じた。
本当にカノンの記憶を取り戻していいのか…?と。
もし、カノンが昔の自分を知った時、どうなるんだろう…。俺から離れてしまうんではないか…?って不安がよぎった。
そして、その土曜日。
カノンを連れて母さんと3人でそのカウンセラーの人の所に行った。
みどり野クリニック。
中に入ると、大きな水槽があり、メダカや熱帯魚が泳いでいる。
壁には、様々な風景画が飾られ、診察室から背の高い女性が白衣を着て出て来た。
「久しぶり!」懐かしそうに母さんは、その先生と話している。
「この子が、この前話してた子?」そう言ってカノンに近づき、にこやかな笑顔で挨拶をした
「こんにちは。初めまして。みどり野といいます」カノンに手を出し握手を求めるが、カノンは俯いたまま俺の背中に隠れた。
俺達は診察室の中に誘導され、カノンを大きい座椅子に座らせた。
カノンは俺を見ながらゆっくり座る。
俺は、カノンに頷き見守った。
先生がカノンの肩を優しく撫でリラックスさせ目を閉じさせる。
「さぁ。始めましょう。私が3つ数えたらあなたは、子供の頃に戻るわよ。1…2…3」パン!と手を叩くとカノンは力をなくす。まるで眠っているようだ。
先生は、優しくゆっくりカノンに問いかける。
「あなたは…今どこにいるの?」
カノンがゆっくりと返答する
「私は…今、施設にいる。子供が数人。
皆、親に捨てられた子」
「そう。あなたは児童施設にいるの。名前は?」
「名前は…ない。私達がその施設で唯一与えられてるのは、番号。」
「あなたは、何番?」
「私は…185」
「185さん。どうして、番号なのかしら」
「その施設の決まりだから。里親が見つかるまで施設で名前を決めない事になってる。
里親がこれから育てる子供に名前をつけて育ててほしいから」
「あなたの里親は来るかしら?」
「来ない。誰も私を選ばない。」
「それは、何故?」
「子供を探して来る人が来たら隠れるから」
「どうして?隠れるの?」
「本当のパパとママじゃないから」
「じゃあ、ずっとそこにいるの?」
「うん。施設長さんがいてもいいって言ってくれた」
「じゃあ、3年後に進むわよ。1…2…3」パン!
「あなたは…今何歳?」
「私は…16。」
「今、どこにいるの?」
「施設にいる。」
「まだ185さん?」
「そう。」
「他に子供達はいる?」
「いない。皆里親が見つかって、貰われて行った」
「あなた1人?」
「施設長と2人…」
「施設長さんは優しい人ね…」
「うん。でも、もうすぐ死んじゃう」
「どうして?」
「病気だから。何度も変な咳をしてる」
「施設長さんが居なくなったらどうする?」
「施設長さんは、私にずっとここにいていいって言ってくれてる」
「施設長さんが亡くなった日に進みましょう」
カノンが泣き始めた。
「どうしたの?」
優しく先生がカノンに声をかけた。
「施設長さん。死んじゃった…」
「そう…これからどうすしよっか?」
「私は…まだここにいる。」
「ここにって。施設?」
「うん。」鼻をすすりながら話し続けた。
「寂しくない?」
「寂しくない。私には名前がないから。いつも1人だから。でも…」
「でも?」
「名前。欲しかった…誰かに名前をつけてほしい…」
「そうね。名前ないと働く事もできないわね」
「はっ!ピエロ!」
「ピエロ?」
「ピエロが私に近づいてくる!怖い!やめて!来ないで!離して!」
カノンが突然暴れ出し、自分の手で首を絞め始めた。
先生はカノンの手首を握る
「大丈夫…落ち着いて…3つ数えたら元に戻る。3…2…1…!」パン!と手を叩いた瞬間、カノンは自分の首から手を離しゆっくり目を開け、俺を見る。ゆっくり俺の前に来た。
「カノン…?大丈夫?」
「ピエロ…ピエロが…」そう言って気を失った
俺はカノンが倒れる寸前で抱き抱え、カノンを呼び続けた。
先生がカノンの首に軽く手をあて脈を確認した
「大丈夫よ。気を失っただけみたいね。少し休ませてあげましょう。」
カノンは、診察室のベッドで眠っている。
俺は、カノンが目を覚ますまで側にいた。
静かな診察室の中で、カノンの寝顔を見つめる
カノンがゆっくり目を覚ます。
俺は、すぐに呼び掛けた。
「カノン!」
カノンがゆっくり顔を俺の方へと向いた。
「唐揚げ…食べたい」
俺は、ホッとして笑みがこぼれた。
「買いに行こう。唐揚げ」
クリニックを出ると、夕日も沈み薄暗くなっていた。
3人でコンビニに寄り、唐揚げを買って帰宅した
リビングでゆっくり唐揚げを食べながらカノンがゆっくり話し始めた。
「思い出した。私は…赤ん坊の時児童施設の前に捨てられた。名前も決めてもらえす、ずっと大人になるまで施設にいた。
私には家族はいない。私が20歳になった頃、施設長さんが亡くなって、その3日後に突然ピエロがきた。ピエロは言ったの。君の親を僕が殺した。だから、僕と一緒に僕の世界に行こうって。私は…逃げようとしたけど、捕まえられて外に出ないように部屋に監禁された。
部屋の中で声を出しても誰にも聞かれないように大きな音で音楽をかけて。」
「その音楽って…まさか…」恐る恐る聞いた。
「そう。ベートーベンの第九番曲」
カノンは立ち上がり、海を眺めた。
「2年間その部屋で過ごさせられた。頭がおかしくなりそうだった。でも、ある日。ピエロが私を…」カノンが体を抑え震えだした。
母さんがカノンの背中をゆっくりさする
「怖い思いしたのね…」
「私は…必至で逃げた。暗い道を走った。ピエロは追っかけてきて、私は…気付けば海にいた。追ってきたピエロは、ゆっくり私に近づいてきたから、私が下がった途端。海に落ちた」
「んで、ここに辿り着いたわけか…」
母さんは、カノンの頭を撫でた。
「もう。大丈夫ね?あなたには翼がつけた名前があるから」カノンに頬んだ母さんだった。
母さんは、何か決意をした感じだった。
カノンが寝静まった頃、俺はベランダに出て、考えていた。
すると、母さんが来た。
「まだ、寝ないの?うっ…寒!」
体を自分でさすっている。
「母さん…あのさ…」
「ダメよ…!カノンちゃんの籍を作る為に結婚するのは」
俺が話そうとしている事を見破るように遮った
「え。なんで…」
「あんたの考えてる事なんて、すぐわかるわよ。何年あんたの母親やってると思うの?」
俺は、どうしたらカノンを助けらるのか、わからなくなって、俯いた。
「うちの養子にするわ」
俺は母さんの言葉に耳を疑った。
「うちの養子にすれば。あんたとは苗字が違うから、そのうち結婚もできる。離婚もね〜」
ドヤ顔して母さんは部屋の中に戻った。
翌朝。俺が目を覚ますとメモと2人分の朝食が置いてあった。
「母さんは、帰ります。いろいろ手続きもあるし、忙しくなりそうだから。2人の母さんより」
カノンも起きてきた。
俺達は、2人で向かい合って椅子に座り、母さんが作り置きしてくれた朝食を静かに食べた。