太陽と月の後継者
クロエは頷いて杖を彼女に翳す。
『ー慈悲の光ー
せめて、苦しまないように。』
泣かないと決めた彼女は必死に込み上げてくる涙を堪えた。
「楽し...かっ.........た。」
カクンと垂れた首にクロエは肩を震わせた。
半開きのまま濁って閉じない瞳。
しかし口元を見れば笑っていた。
レイはそのままピクリとも動かなくなった。
まだ誕生日の来ていない彼女は15歳、
早すぎる死だった。
突如クロエの脳内に、今までの思い出が流れ込んでくる。
“私はレイ・ニコラス。
それにしても、綺麗な髪だなっ”
“くーっ!やっぱサンジャは旨いね〜”
食べ物を見て輝かせる目
戦闘をするときの楽しそうな表情
クロエにできた初めての友人
『レイ...あれ、レイ.....なんで。何時もみたいに、冗談だよって....言ってよ。
私が招いたことなのに、レイが犠牲になることない...よ。』
彼女の頬に温かい物が伝った。
「泣かないんじゃ...なかったのかよ。」
優しい声が耳を掠める。
『私...まだ弱かったみたい。』
儚げに彼女を見つめる青年。
『ル....カァ....』
血に塗れたレイを抱きしめる彼女を近くの人は痛々しそうに見つめた。
今クロエの居る場所はほとんど片付いていた。
だが、その先を見ればまだまだ沢山の人が戦っている。
「おい...」
呼んでもはっきりとしない彼女をルカは力強く抱きしめた。
「お前を待ってる奴らが居る、
戦ってんだろ...聞けよ。」
何度語りかけても虚ろな目をしている彼女。
肩を揺さぶっても何処かそのまま消えそうで、ルカは長い間感じなかった恐怖を思い出した。
「おいっ...!」
「クロエ様っ.........!!!」
クロエははっとしたようにルカを見た。
涙は止まってただじっと彼を見つめる。
「クロエ様...」
『あなたは「今は何も言わないでください。」』
ルカの焦った口調にクロエは口を噤んだ。
俺様な口調は丁寧な口調に、今まで一度もクロエの名を呼ばなかった彼。
エミリアの時、封印を解いた少年。
鏡を初めて見たときショック症状を起こした彼女を助けた少年。
ジャータ城の火事の時に彼女を救った青年。
全ては彼だった。
「全てが終わればお話しします。
大丈夫です。
“僕は死なない。否、死ねない”ですから。」
クロエは真っ赤な世界に飛び込んでいく彼の背を見つめる。
『名前だけ、教えて...。』
彼は振り返ると微笑みを浮かべてこう言った。