りんごのほっぺ
「……私、黄緑 緑っていう名前なんです」
「きみどり、ろ、く?これまた珍しい名前だね」
「はい。その名前のせいで物心ついた時から何かと悪目立ちしてきちゃって、」
そう。忘れもないあの日の事。それは私が幼稚園年長さんの頃。同じたんぽぽ組だった神崎 渉(かんざき わたる)という憎き男のせいで私の人生は奈落の底にまで転落したのだ。
「5歳の時にある男の子に言われたんです」
好きな子には意地悪をしてしまう。なんて話、小さい頃にはよく耳にする話だった。
実際私もそう思っていた。嫌い嫌いも好きのうちと。
だから最初は神崎 渉の嫌がらせもそんな腑抜けたものなのだと思っていた。……が。ある日、事件が起きたのだ。
神崎 渉は砂場で楽しそうに遊ぶ私の元にトタトタ駆け寄ってくると──
「嫌がる私の肩に鮮やかな緑色の芋虫を乗せて、悪魔みたいにイヤらしく笑いながら、”お前、芋虫にそっくりだな!”って言ったんです」
この時。神崎 渉はただひたすらに私という人間が大嫌いだという事に気付いたのだ。
それからだった。
私は注目を浴びる事おろか人前に出る事が怖くなって、ついには赤面症まで発症するようになった。
辛い人生だった。年を重ねるたびに変わってゆくあだ名と付き合いながら、虐められながらここまで生き抜いてきたのだ。
ああ、思い出しただけでも涙が出る。
よくここまでぐれずに真っ当に生きてきたなあ。偉い。偉いよ黄緑 緑。
「…っち、クソが。林檎ちゃんに芋虫の要素も緑色の要素もねえのにひっでえやろうだなソイツ」
歯を軋ませながら那智さんは眉間に深い皺を寄せた。ソイツ殺しとく?なんて物騒な事も言っている。
まさかこんなに本気で怒ってくれるとは思ってなくて拍子抜けしてしまった。ていうか本名を言ったのにまだ林檎ちゃんって呼んでくれるんだ……。