りんごのほっぺ
「うじうじしてるとまた担いで持ってくぞ」
「そっ、それだけは…!」
「じゃあ、はい。おいで」
また背中を私の方に向け、今度は手を後ろに持ってくる。
”──おいで。”
鼓膜を甘くくすぐるような言葉に心臓がきゅっと締め付けられた。
ずるい。なんか色々、反則だ。
私は、お邪魔します。と呟いてから、恐る恐る那智さんの大きな背中に跨った。
「ちゃんと掴まったか?」
「…は、はい。たぶん大丈夫かと」
「じゃ足んとこ持つからな」
そう言って私の膝の裏の所に那智さんの骨ばった手が伸びる。…手、暖かい。
那智さんは身軽に立ち上がると軽やかに歩き出した。
カラオケ屋さんを出る時とか、道行く人の視線とか、最初は凄く恥ずかしくて死にそうだったけれど、那智さんが堂々と歩いてくれたおかげで、その恥ずかしさも不思議と消えていった。
「…那智さん」
「ん?」
3回目の優しい「ん?」なのに、やっぱりまだ少しだけ息詰まる。
那智さんは恐いくらいが丁度良い。じゃないとこっちがドギマギしてしまう。
「水渡さん達と帰らなくて大丈夫でしたか?何かこの後予定とかあったんじゃ…」
あの後、別々の行動に別れてから、私と那智さんを待っててくれた水渡さん達に先に帰っててとメールで連絡を入れてくれたらしい。
「あぁ、予定なんて無かったし、あいつらとは毎日のように会ってるから全然問題ねえよ。てかむしろ林檎ちゃんを送ってかないと殺すぞハゲって脅されたくらいだぜ?」
「…そーでしたか。なら良かった、です」
俺、髪の毛ちょーフサフサなのになぁ!何がハゲだあのクラゲ野郎!とケラケラ楽しそうに笑う。
クラゲ野郎とは恐らく水渡さんの事だろう。悪口を悪口で返していた。