りんごのほっぺ
時刻はすでに夜の8時を回っていて、辺りは真っ暗だった。街灯の光がゆらゆらと怪しげに光っていて、私達の帰路を照らしている。
カラオケ屋さんから私の家までは徒歩20分くらい。
そんなに長くおんぶしてもらうのはさすがに申し訳ないと思ったけれど、大丈夫と言われたし、もうデコピンを食らいたくなかったからこれ以上、口には出さなかった。
ぺったん、ぺったん。那智さんは不思議な足音を立てて歩く。
ずり足でもなければ、ばた足でもないその歩き方と身体の揺れに少し心地良さを感じていた。
時折吹く夜の涼しい風が那智さんのキラキラの金髪を攫っていき、ほのかなビターオレンジの香りが鼻をくすぐる。
会話はぽつり、ぽつりと二言三言だけなのに、特に気まずくもなくて、むしろそれが丁度良く感じた。
私は昨日初めて知り合ったばかりの人の背中に跨って、濃紺の夜空を仰いでいる。
非現実的な時間。不思議な夜。瞬く星達。
こんな夜を過ごす日が来るなんて、一昨日の私は知る由もなかった事。
「なあ、林檎ちゃん」
「…はい?」
私は夜空を見上げながら返事をする。
ぺったん、ぺったん。那智さんの足音が響く。
心地良いリズム。それと、星が綺麗だった。
「今日は楽しかったか?」
優しい声で優しく聞いてくるから思わず肩に力が入ってしまう。何で身構えるのか分からないけれど自然と身体が強張る。
すーはーと息を吸って、少し落ち着かせてから口を開く。
「…はい。とっても、楽しかったです」
「そうか。そりゃ良かった」
那智さんの得意気な笑い声が柔らかく耳を撫でる。