Love Cocktail
「関西は、関東とはだいぶ違うよ」

「……どこでだって、私はやって行くだけですから」

オーナーはスッと視線を外すと、どこか緊張するように指を組んだ。

「それは保障するよ」

そんな保障は別にいらない。どこででも、私はやるだけやってみる。

それが吉岡流だもん。

「でも……こっちが君なしでやれるかどうか、考えないのか?」

「そんな事を言われても知りませんよ。私はもう店の人間じゃないんですから」

何故か、安心したように頷かれた。

「甘えるなと……?」

「そうですね。その通りです。私がいなくたって、やらなきゃいけないです」

それが、オーナーという仕事なんだと思うし。

「もちろんだ。“店はどうとでもなるし。君なしでも、ちゃんと出来るさ”」

その言い方にどこか違和感を感じた。

それはいつかどこかで、聞いたようなフレーズだった。

だけど思い出せない。

でも、そんな言葉をいつも聞く事はないと思う……けど、私はどこでそれを聞いている……?

それが思い出せない。

「吉岡……」

オーナーが顔を上げ、そっと私の手を軽く握る。

「はい?」

「……寂しくなるとは、君は思わないか?」

その言葉に、ハッと息を飲み込んだ。

……言い方は多少違う。

多少どころか、きっと順番も違うし言う所も違うはず。

そしてそれは、オーナーの言葉に直されていて少しだけ現代風。

私はその言葉を“聞いた”のではなくて“見た”と思う。

何度も何度も繰り返し見た、古い白黒のロマンティック・ムービー……その中で。

「君がいないと、一日が始まらない」

真剣な視線に、少しだけ震える。

「君の笑顔、しかめ面。それから明るい声が」

また違う。違うけれど、台詞は似ている。

でも……でも、その台詞って?

「君の喜びも悲しみも、俺の一部だから……」

掴まれた手を引かれ、彼は俯いた。

ねぇ……そんな嘘でしょう? だって、その台詞は……。

「呼吸にも等しい……」

手の甲にキスをされ、オーナーはゆっくりと顔を上げる。

その表情は、少しだけ困ったように……そしてどこか祈るようにも見えた。

「俺……ここまで教授に似ているとは思わなかった」

教授の独白部分。

花売り娘のイライザに立ち去られて恋しいと……こんなにも辛いと、ヒギンズ教授が独りになってから呟く台詞……。
< 103 / 112 >

この作品をシェア

pagetop