Love Cocktail
「私、オーナーを好きなんです」

するするっと出てきた言葉を自然に唇に乗せる。

これで“私の”位置を決めるのは貴方だ。

しっかりと顔を上げて、少し戸惑ったような、そして驚いたようなオーナーを見つめる。

「……え?」

何度だって言えますよ? 

「私は、貴方が好きなんです」

彼の見せる驚愕と困惑に微笑む。

それから、少しの後ろめたさに……内心で苦笑する。

オーナーは静かに視線を外し、自分の指先を見ていた。

しばらくの沈黙の後で口を開く。

「……ごめん。俺はそういう風には見ていない」

うん……。


それで立ち位置が決まった……決まったと思う。


「解りました!」

明るく言って、立ち上がる。

「そんな事は最初から知ってますよねぇ」

驚いたように顔を上げたオーナーにヒラヒラと手を振って、それから一仕事終えたように息をついた。

「ま、でも、これでスッキリしました!」

「吉岡……」

「私が勝手に好きで、勝手に告白したんです」

にっこりと微笑んで、小首を傾げて見せる。

お客様を楽しませ、楽しい気分のままにお見送り

それが私の、プロのバーテンダーとしての誇りでもあると思う。

これは基本中の基本だよね。

「だから、気にしないで下さい」

「だが……」

「だが……も何もないですよ。もしオーナーが気になさる様なら、私が居心地悪いですからぁ」

パンパンと手を叩いて、肩を竦めた。

「じゃ、私は用が済んだので帰りますね~」

くるりと振り返って、マネージャー室のドアノブに手をかけ……。

「吉岡」

呼び止められて、キョトンとした表情で、何げなく振り返った。

「はい?」

オーナーは座ったままで、じっと私の顔を眺め……だけど、やっぱりそっと視線を外していく。

「いや、その……本当にすまない」

「はいはい。十分ですよ!」

軽やかに手を振って、ドアを勢いよく開いた。

「では、お先に失礼します!」

マネージャー室を後にして、また勢いよく従業員入口を出る。

駅に向かう途中、道路を挟んだ向こう側に戻ってくる赤城さんの姿が見えた。

「…………」

彼が私に気付く事もなく、私から声をかけるでもなく、距離を空けてすれ違い、立ち止まった。

ちょっとだけ冷えた身体を抱きしめる。

冬の空はとても薄っすらと青くて、高く感じる。

高くて、遠くて、とても寒い……。

ぼんやりしていた時、バックの中で、携帯の音が鳴り響いた──……









< 73 / 112 >

この作品をシェア

pagetop