幻が視る固定未来
そんな重大な時に現れたことも知らずに、有希乃はオレの帰りが遅いことに怒っているか、心配したのかも判らない表情で目の前にいる。本当に音を立てずに近寄るのがうまいことだ。

「何してる?」
「……考え事?」
「聞いてるのは私」

あぁ駄目だ、はっきりと言葉を言えない。というよりもオレが言わないといけない言葉はもっと別なんだから。
けど、けど目の前に有希乃がいるなら言わないと。

情けない。

言うと決めていたのに、いざ言うとなると全身は震度一くらいの地震を繰り返している。きっと今から言う言葉なんて宇宙人の真似をするかのように意味不明だろう。
けど、それでも言うしかない。

「……ゆ、有希乃」
「いい」

 唐突に有希乃はオレの話を切った。

「え?」
「私は気にしない。無理して聞きたいとは思わないから無理にも聞かない」

有希乃に気を使わせるほどオレは表情に出ているのだろうか? いやいや全身に出ているのだろう。
こんなだけ震えてれば誰だって気が付く。
気を使わせてしまったからこそまた罪悪感が湧いてきてしまう。このまま有希乃の言葉通りにして言わないでいれば、きっとまた訓練の時には罪悪感がくる。
そう、ここで言わない限り、オレはずっと罪悪感に捕らわれてしまうのではないか。

「……駄目」
「え?」

あぁ本当に唐突だ。けどオレはまだ何も言ってない。

「聞かない。そんな無理して言うような話、私は聞かない。このまま頭を冷やすといいと思う。だから御休み」
「ま、まてって」

オレの言葉も虚しく、有希乃はスッと半回転して廊下を歩いて行く。
立ち止まる気は全くないようだ。
何を言っても無駄か。
本当に有希乃は止まることなく段々と小さくなっていき、振り返ることなく消えて行った。
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