手に入れる女
「仕事は一段落つきましたか」
オフィスからの帰り道、背後から急に声をかけられて佐藤はぎょっとした。振り向けば優香がすっと立っている。
偶然なのか待ち伏せていたのか。
無邪気な優香の顔から判断することはできなかった。
「小泉さん……あ、うん、一応山は超えたかな」
街中でいきなり話しかけられてうろたえているのか、声のどもる佐藤である。
その声を聞いて、優香はふふふと軽く息をもらす。
まずまずの奇襲攻撃に気を良くしたのだろうか、妖艶な笑みを浮かべた。
「それは一安心ですね」
佐藤の動揺など気にも留めずに優香は隣りに並んで歩き出す。
「おかげさまで」
それでもなんとか平静さを装って返事をするが、主導権は明らかに優香にあるようだった。
佐藤はちらりと優香の横顔を盗み見する。
どうしても視線が唇にいってしまう。つややかでぽってりと肉厚な唇。
ーーなんで今まで気づかなかったのだろう……
つい先日の口づけを思い出して佐藤の体はうずいた。ぞくぞくするほどエロティックな優香の唇は間違いなく佐藤を誘惑している。いや、優香は無意識なのかもしれなかったが、佐藤はその先を連想せずにはいられなかった……
ーーオレは……自分を抑えきれるのだろうか。
いくら自問したところで答えは出てこない。ただ、心臓が高鳴り、息苦しくなるばかりであった。
「じゃ、今晩あたり素敵な奥様とデート?」
にやにやした顔で、優香は意地の悪い質問を投げかけてくる。
キスのことで勢いに乗っているのかいきなりの挑発。
それにしてもあれは不覚だった。
佐藤が少しでも気を緩めると、すかさずその隙につけこんでくる。
気づけば優香のペースに巻き込まれていた。
「まだ残務処理が色々残っているので、そんな余裕はないんですよ」
必死に平静を装って当たり障りのない答えを考える。
無難な回答が気に入らないのか、優香はさらに食い下がった。
「あまりほっておかない方がいいんじゃないんですか? 佐藤さんの奥様、悲しむんじゃありません?」
何をムキになっているのか。
あくまで絡んでくるつもりらしい優香に、佐藤も挑発仕返した。
ーーお手並み拝見、といこうじゃないですか。
「ご心配には及びませんよ。妻の誕生日も兼ねて、落ち着いたら美味しいものをゆっくり食べに行こう、って言っているんです」