手に入れる女
#8

翌週の火曜日、佐藤は息子のマンションへ美智子の届け物を持って行った。

圭太の部屋は、一人の割には小ぎれいに住んでいるようで、さっぱりと片付いていた。
届けたついでに一緒に食事でも、と思っていたのだが、圭太の方はそんな気はなかったようで、一通り世間話をした後は、体よくマンションを追い払われた。

駅までの帰り道、佐藤は、もしかすると誰かが来るのかもしれない、とはたと気づいた。
それで、慌ただしく追い出されたのも、部屋が妙に綺麗だったのも説明がつく。
自然と佐藤の顔がにやけてくる。軽やかな気分で駅に向かっていた。

それは、もう少しで駅前の大通り、という坂にさしかかった時だった。

向こう側から歩いてくる人影に見覚えがあった。
何気なく見ると、

優香であった。

佐藤は足を止めた。
思わず優香に視線を注ぐ。
佐藤と優香の視線が絡む。二人とも目をそらすことができなかった。

優香も息を飲んだような驚いた顔をしている。
少しの間、二人は無言でお互いを見つめ合っていた。

「……佐藤さん?」
「……小泉さん?」

二人は同時にお互いの名を呼んだ。
優香は驚きのあまり言葉を失っていたが、佐藤はふっと息をもらして小さく笑った。

「……こんなところで会うなんて。びっくりしました」
「……本当に」

優香はそれだけ言うのがやっとだった。

ーー私、今、声がひっくり返ってた? 大丈夫だよね…?

優香は、努めて平静に、にこやかに話しかけたつもりだがうまくいったのかどうかは甚だ心もとなかった。
先に口を開いたのは優香だ。

「駅に行くところですか?」
「そう。息子のマンションに寄って来たところなんです。届けるものがあって」

ああ……
優香はすぐに事情が飲み込めた。それで、この辺りを佐藤が歩いていたわけだ。
良かった、圭太のマンションで鉢合わせしなくて、内心ほっとする。

まさに、間一髪でのニアミスであった。

「じゃ、私も一緒に駅に行こうっと」

急に、優香はぐるっと回れ右をして佐藤の隣りに並んで駅まで歩き始めた。


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