手に入れる女

「あれ、駅から来たんじゃないんですか?」

佐藤が首をかしげた。

「そう。友達の家に行くところだったの」
「だったら…」

優香は佐藤の話を遮る。

「だって、こんなところで佐藤さんに会えたんだもの。私、こんなチャンス逃しません」

優香は佐藤の顔を見ずにまっすぐに前を向いたまま独り言のように呟いた。決意表明をするかのような、断固とした口調だった。
佐藤は何か冗談でも言って雰囲気をほぐそうとしたが、優香は怖い顔のまま前を向いたきりだ。
優香はにこりともせず、佐藤の方を見る事もしなかった。

佐藤は隣りで黙々と歩いている優香をちらりと盗み見する。まるで豹が獲物を狙うときのように、くいっと顔をあげ、きりりとした表情で前を睨みつけている。堂々とした彼女の横顔は、力強くて美しかった。

大通りに出るとすぐに優香はタクシーを呼び止め、佐藤の手を引っ張って素早く乗り込んだ。
一瞬の早業。
優香は無言のまま。
佐藤はなす術もなくそのままタクシーに乗った。催眠術にでもかかったかのように、優香のなすがままだ。ただただ……圧倒されていた。

タクシーに乗ると簡潔に行き先を告げる。

「野毛3丁目の交差点までお願いします」
「わかりました」  

タクシーは静かに動き出した。

優香は終始前を見たまま、全く佐藤の方を見なかったが、乗り込む時に握った佐藤の手は握りしめたままだった。
ぎゅっと握ったその手はかすかに震えている。彼女の意志が佐藤にも伝わってきた。

タクシーを降りた後も、優香は、手を離すと佐藤がどこかに離れて行ってしまうのを恐れているかのように、しっかりと握りしめていた。佐藤は、これから何が起きるのかはっきりと理解していたが、しかし、なぜか優香の手を振りほどく事ができなかった。


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