手に入れる女
「会社にいた小間使いのコが可愛くてね。
いつも一生懸命に働いているんだよ。安い賃金で働いてるのに健気でね、何とか助けてやりたいと思ったものさ」
「で、どうなったんですか」
「どうなったって、つまらん話さ。
深い仲になって、それが母さんにばれて……あんときは大騒ぎだった。母さんに家を出て行けってどなられるし。
もともと、母さんは資産家のお嬢さんだったから、わがままだったし、我慢するタチでもなかったからなぁ。
それで泣く泣く別れたんだ」
「泣く泣く…?」
「婿養子は辛いなと思ったものよ。彼女には悪い事をしたな、と今でも悔やむ事があるよ。
母さんの手前、連絡を取る事も出来なかったし、今ごろどうしていることやら……」
哲郎は深いため息をついた。
「彼女と一緒にならなかったことを後悔してるんですか」
立ち入ったこととは思ったものの、哲郎の悲しそうな顔をみていたら佐藤は聞かずにはいられなかった。
多分、哲郎は彼女のことを忘れられないのだ。
ひょっとすると、今まで何回もあのときこうしていれば……と、何かにつけ思い返していたのではないか。
佐藤の知る限り、義両親は夫婦喧嘩も滅多にしない仲のよい老夫婦だ。
それでも、そんな岳父にもそういう過去があったのだと思うと、佐藤は空恐ろしい気がしてきた。自分にだってこの先何が起きるかわからない。
「どうかなぁ、今の母さんの顔をみるとな、これで良かったのかなと思うよ。幸せそうじゃないか?
ま、色々あったけど、終わりよければすべて良し、と、いうではないか」
哲郎はカカカと笑った。
一見、順調に来たようにみえる美智子の両親も長い年月の間、色々あったんだろうと佐藤は改めて思った。