手に入れる女
ここのところ本橋の機嫌予報で優香の機嫌が60を上回る日はない。
図らずも優香の泣きそうな顔を見てしまって以来、彼女の気分が上向いた事は一度もなかった。
それでも、優香は泣き言一つ言わず、愚痴をたれることもなく、もちろん本橋に弱音を吐く事もなく仕事に邁進している。
というか、ここのところの仕事へこだわり鬼気迫るものがあった。
うちのめされて何も手につかなくなるなどというのは普通の女のすることだ。優香はそんなことで折れるようなたおやかな女ではない。
ーー少しは涙をみせたり、甘えたりすればいいのに……
なんで、あんなに肩肘はって、突っ張っているのか。
大体、男は頼りなげな女を見れば、守ってやりたくなるものだ。
優香も少しはそういう柔らかいところを見せれば、もっと周囲の男たちも可愛がってくれるだろうに、と、余計なお世話ながら、本橋は優香の事が少し気の毒になるのであった。
男にフラれたのか何なのか、本橋は知る由もなかったが、あんな女はとても相手にできない、と思うのだった。
「何だかね〜、ヤケになってますよね、最近の小泉センセ」
付箋のいっぱいついた書類を渡されて、げんなりしている本橋が田崎に愚痴った。
「直しの数も増えてないか?」
田崎が付箋を一瞥して言うと、本橋は辟易した顔を隠そうともしなかった。
「そうなんですよ!
最近ますますひどくなっていて……昨日なんか、事務所に泊まり込んだみたいなんすよ。
朝来たら、どん!と書類が積まれてました」
「相変わらず仕事一筋だよなぁ」
田崎は感心せざるを得ない。
田崎とて手を抜いて仕事をしているつもりなど全くなかったが、優香のプロ根性には舌を巻く。
しかも、どうも私生活の方がうまくいってないらしいのに、全く動揺することなく対応している。
いや、機嫌が悪くなって、本橋にイライラをぶつける頻度が上がっているのは確かなのだが、それでも、きちんと求められている以上の成果を出しているのはさすがとしか言いようがなかった。
優香にちょっとダメ出しをされると、ふてくされて半日ほどグダグダになる本橋とは雲泥の差だった(最も本橋のそういうとこrが、優香を必要以上にイラつかせるのだろうが)。
やはり、競争の激しい外資系法律事務所にあって、パートナーの地位を堂々と狙えるポジションにいるのは並大抵のことではないのだ。
ガツガツ働く優香の姿は「鉄の女」そのものだった。