手に入れる女
さすがの山下もそれきりしばらく絶句していた。
「圭太がニヤニヤして連れて来たのを見た時はびっくりした。いや、もう、ね……」
佐藤は、カウンターに肘をつきながら、下を向いて大きなため息をついた。
「相手が彼女なのは知ってたの?」
「まさか」
佐藤は即座に返答した。
「向こうは? オマエが義父になるってことは知ってたわけ?」
「……恐らく」
知っていた。だから圭太に口止めさせたのだ。
佐藤に不意打ちをくらわせるために。
二人とも無言のまま酒をあおり続けた。山下は佐藤の心中を推し量っていた。
三十年来の親友が優香にかなり心動かされている事は、山下にはよく分かっていた。
彼の妻を裏切りたくないという気持ちも、息子の結婚を祝福したいという気持ちも痛いほど分かっていた。
が、冷静で淡々としたところのあるこの親友だが、一方で冷酷でもなければ、計算だけで行動する男でもないということも知っていた。
そして、彼がひとたび何かを決めたら、全力で実行に移す男だということもよく知っている。
「アイツは……優香は圭太を本当に愛してるんだろうか?
復讐……オレへの報復じゃないんだろうか……?」
佐藤がぼそりと呟く。
「まさか。いくら何でもそんなことのために結婚する女なんていやしねーよォ。
不倫を吹っ切るために結婚を決めたってことはあるかもしれんけどな」
山下が冷静に分析した。
ーーそうか……吹っ切るために結婚か……
「わかってると思うが……だからその決断を応援してやるのがオマエの努めだぞ。
彼女が幸福になれるように」
いつになくマジな顔で山下が説教をたれる。
ーー優香の幸福を願う
言われるまでもなく確かにそうするのが佐藤の償いだ。
もとより佐藤には二人の結婚を反対したり、仲を引き裂いたりする権利はない。
無言で黙々と酒をあおり続ける佐藤に山下はさらに続けた。
「何と言っても息子夫婦になるなんだからな、ここは一つ大人になってちゃんと二人を祝福してやれよ。
それで、絶対に秘密をばらすなよ。全て忘れて何もなかったフリをするんだぞ?」
しかし、佐藤はやはり返事をしない。山本は内心、あーあ、と思いながらも、佐藤の返事を促した。
「聞いてる〜? 佐藤くーん、返事がないよ〜」
やはり沈黙したままだ。
「正直、あいつらが幸せそうな顔でいちゃついてるのを横で黙って見てられるかどうか……ちょっと自信ない」
食事の途中に抜け出した二人が抱き合っていたのが頭にちらついた。
遠目で見ても、二人の熱い息が伝わって来るのが佐藤にもわかった。
「お、ついにホンネが出たな」
「……」
まさしく本音なのだろう。
山下の突っ込みに佐藤は無言だった。
ーーこれは相当ヤバい。
山下は直感した。
「悔しいわけね」
山下が佐藤の気持ちを代弁する。
「結婚すれば、これからも顔を突き合わせるわけだろう。おかしくなりそうだ」
「もうなってるだろ。当ててみせようか、今、オマエが思ってること」
山下は真剣な顔をして佐藤に顔をぐっと近づけた。
そしてほとんど聞き取れない程ささやくような低い声で言った。
「圭太から奪ってオレが抱いてやる、違うか?」