手に入れる女
「分かってるよ。小泉さんのことだろう。」

自分のこととは思えなくて、どこか冷淡な感じのする人ごとのような話し振りだった。
周りが熱くなればなるほど、自分の体がすーっと冷めていくような気がする。
どうにでもなれ、というわけではないが、成るようななったらいい、という突き放した気分が蔓延している。

「パパ、本当なの?! 本当にあの女と……か、関係したの?」

ヒステリックな追求の仕方は、まるで聡子が女房のようだ、と内心苦笑したが、すぐに笑ってる場合じゃないな、と反省した。
佐藤が一言静かに「本当だよ。」と応えると、美智子はぼーっとして、無言のまま涙を流し始めた。

誰も何も言う事ができなかった。

時おり、家の外から車の音や、子どもの甲高い声がリビングに届く。
今、この家の中は、家族崩壊の危機を迎え、妻の悲しみと圭太の絶望感、そして聡子の怒りが渦巻く嵐のようだった。
それなのに、壁一枚隔てたリビングの向こう側は、いつもと何らかわりない日常が繰り広げられている。

佐藤は、自分が一番の当事者なのに、あっち側に行きたいなあ、などと考えて、
それから、ああ、やっぱり浮気をすると面倒なのだな、と不埒なことも同時に考えていた。

「圭太、聡子、ちょっと席を外してくれないか? ママと二人で話がしたいから。」

ようやく佐藤は口を開いた。

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