手に入れる女
それから佐藤は優香と顔を合わせる勇気を持たなかった。
会ってしまえば、会議が忙しくコーヒーも買いに行けなかっただの、チーズケーキが食べられなくて残念だっただのみえすいた言い訳をくどくど並べるのが自分でも分かっていたから、出来れば優香とこのまま顔を合わせることなく時が過ぎてしまうことを願っていた。
それに、次に顔を合わせて、もう一度チーズケーキを勧められたら、多分、拒絶することができないんじゃないか、という気がしていた。
チーズケーキのことだけじゃなくても、……ただ話をしているだけでも
いつかのように……
いつかのように、優香の顔に見とれてしまって本心がポロポロっとこぼれてしまうかもしれない。
優香の瞳は、抑えに抑えている佐藤の奥底に隠し込んでいる感情を激しく揺さぶる。
自分が暴走しそうで怖かった。
だから、しばらくコーヒーショップには近づかないようにしていた。
すっきり断ち切れそうもないのは優香も同じだった。
佐藤は、あんなにはっきりと拒絶したのに、それでも、優香はやっぱり佐藤の顔が見たくて、声が聞きたくてヒマさえあればコーヒーショップに通っていた。
チーズケーキのことで体よく断られた後とあっては、さすがにメールで誘う勇気はなかったので、コーヒーショップでばったりと顔を合わせることを祈りつつ、今日もオフィスを抜け出すのは3回目だ。
その日、顔なじみになった店員さんが、コーヒーを渡しながら優香に聞いて来た。
「例の、ロマンスグレーの人、最近全然いらっしゃらないんですけど、どうしたんでしょうね。何か知ってます?」
優香は黙って首を横にふった。
ここのところコーヒーショップで顔を合わせないのは運が悪いからでも何でもない。
佐藤の方が優香を避けているのだ。
一縷の望みをかけて、足しげくコーヒーショップに通ったのも全くの徒労だったわけだ。
これでは、コーヒーショップにぼんやり通ってるぐらいじゃ佐藤には永遠に会えそうもない。