ピーク・エンド・ラバーズ
そう呟くと、おもむろに私の手を取って指を絡めてくる。
咄嗟に一歩後退れば、彼は咎めるように、握った手に力を込めた。
「……さっきも、男の人と話してた」
「は? 話してない」
「話してた。バイトの人。話しかけられた途端に嬉しそうにしてたじゃん」
いつのことを言ってるんだ、一体。記憶を掘り起こして、ようやく一つだけ思い至る。
「一太さんのこと? あれは普通に下げるグラス多すぎて、困ってたから……」
しっかり弁明したはずなのに、津山くんは全然手を離してくれない。それどころか、ますます不機嫌そうに口を尖らせた。
「俺だって名前で呼ばれてないのに……」
「い、……今それ関係ない」
別に仲が良いから名前で呼んでいるわけではなくて、ただ他の人がそう呼んでるから合わせているだけだ。
見当違いなことで拗ねられて、非常にめんどくさかった。
「加夏ちゃんって、あんなに笑うんだね」
「どういう意味……」
「俺といる時よりもずっと笑ってる」
「バイトだから。愛想良くしないといけないでしょ」
どうして私の方が悪いみたいになっているんだろう。至って普通にバイトしていただけなのに。
津山くんは黙り込んで、私もそれ以上は何も言わなかった。
沈黙を埋めるように、電車がホームに入ってくる。
「いつになったら、俺……、るの」