ピーク・エンド・ラバーズ
あの人。それが誰を指しているのかは、容易に理解できた。
まさかここで持ち出されるとは予測していなかった話題に、意図せず口ごもってしまう。
「この前だって、あの人に触られてた」
「だから、それは……」
手が離れる。――離したのは、津山くんだった。
「ねえ。今ちゃんと俺のこと、考えてる?」
無機質な瞳が私を射抜く。その眼光に、ひゅ、と喉が締まった。
そんなの当たり前だ。相良くんなんて、もうどうだっていい。いま私が向き合いたいのは津山くんで、だからこそこうして態度を改めようとしていたのに。
脳内では散々言葉が浮かんでくる。そのくせ口からは何も出てこないのだから、私は臆病者だ。
頭の中で考えていることが全て言い訳じみてしまうのも、彼の問いに足をすくわれてしまうのも、本当はどうしてなのか分かっている。
私はずっと、初恋を忘れるために――鍵のかかった記憶を葬り去ってしまいたいがために、津山くんを利用しているのだ、と。
「……答えて、くれないんだね」
津山くんが苦々しく口角を上げる。
そう、私は何も言えなかった。だって、いま考えているのは、囚われ続けている記憶のことだったから。