ピーク・エンド・ラバーズ
私たちを縛り付けていた制限はなくなり、ようやくゆっくりとした時間の流れの中に身を置いて呼吸ができているような気がした。
今ならきっと、過去を過去だと割り切って進んでいける。そんな確信がある。
「俺はもう少しここにいるよ。西本は?」
「私は……」
ふと窓の外を見やれば、雨が降り始めていた。
岬にはこのカフェの場所を一応伝えてはいるけれど、まだ電車に乗っているんじゃないだろうか。
スマホを取り出す。メッセージを送ろうとして――やめた。
「私は、もう出るね」
「分かった」
傘を忘れたな、と思う。きっとこれから本格的に降り出すだろう。
それでも特に焦らないし悔いることもないのは、岬が傘を持って迎えに来てくれるという変な自信があったからだ。
「これ、私の分」
代金をテーブルに置くと、相良くんは「いいよ」と遠慮する素振りをしたけれど、それを押しとどめて立ち上がった。借りを作りたくないのは相変わらずだ。
「西本」
呼び止められて振り返る。てっきり代金のことだと思ったので、相良くんもなかなかにしつこいな、という感想が浮かんだ。
「西本も、変わったよ。結構」
告げられたのはそんな言葉で、それがお世辞でも嘘でもないことが分かったから、私は軽く笑って、一口も飲まなかったカフェオレに背を向けた。