ピーク・エンド・ラバーズ


私に気が付いた岬の体に腕を伸ばして、走ってきた勢いそのままに、思い切り抱きつく。
雨の日特有の湿った土の匂いと、それから一番安心する匂い。彼の胸元に頭を押し付けて、深く息を吸った。


「な、え……どうしたの、大丈夫?」


酷く動転したような岬の声が耳朶を打つ。私の肩を気遣わしげに抱いて、温かい手が頭を撫でてくれた。


「加夏ちゃん、あの……とりあえず移動した方が、」

「やだ」

「や、やだって……」


濡れちゃうよ、と諭すように促してくる彼に顔を上げれば、私が抱きついた拍子に驚いてしまったのか、足元に傘が転がっていた。開きっぱなしの一本は、彼がここに来るまでに使っていたものだろう。そして、もう一本は――

ああ、やっぱり。わざわざ買って、二本持ってきたんだ。
そうだね。そういう人だったね、津山岬は。


「……ちゃんと、話せた?」


羞恥心を諦めたのか、私の背中にしっかりと腕を回して、岬が問う。


「うん。……帰ったら、岬にもちゃんと話すから」


ごめんね。
そう伝えると、彼は緩く首を振って弱々しく微笑んだ。


「いーよ。戻って来てくれただけで、嬉しい」

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