ファーストキスは予約済み
「愛海、俺は公務員試験がんばるよ。ずっと働きたいと思ってた外務省に入るためにな。だから、愛海もがんばれ。おまえの訳したフランス文学を読めるのを、俺は楽しみにしてるんだからな」

 あたしは手を伸ばして、奏汰兄のカーキ色のコートをキュッとつかんだ。

「でも……一年も……」

 寂しいもん、と言いかけたとき、奏汰兄が顔を傾け、あたしの頬にチュッとキスをした。びっくりして目を見開いたまま、奏汰兄を見る。奏汰兄が照れたように小さく笑って、人差し指で頬を掻いた。

「唇は予約した」
「え?」

 奏汰兄が人差し指を伸ばしてあたしの唇に触れた。長い指先が唇をなぞって離れる。

「一年後、帰国したらもらうから。それまで俺が予約したんだからな。ほかの男にやるなよ」

 奏汰兄の瞳に、強い光が宿った。胸がドキンと大きく跳ねる。

「奏汰兄……っ」

 胸が熱くなって、また泣いてしまいそうだ。

 奏汰兄があたしの頬にもう一度触れた。

「泣くのは俺の前だけにしろ。一年後まで、顔を上げて行け。俺の大好きな笑顔で行け」
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