その男、猛獣につき

「何やってんだ‼有田」
ふと、立ち止まった先生が振り返る。


「すみません。」
私が少し小走りで先生の隣まで近寄る。

きっと今の私はひどい顔をしていたんだろう。


先生はさっきまでの冷たい顔とは違って、柔らかな笑顔を私に向けた。


先生が私の顔を覗きこんだと思ったら、今度は私の頭にぽんぽんと手をのせる。


「なんて顔してんだよ。しげちゃんが帰って不安になったか?」

「違います。」

私はぶんぶんと頭を振り、呟くように否定する。



興梠先生、違うんです。
私がひどい顔しているのは、先生のせいで……。



それでも、頭に置かれている先生の手の温度を感じるだけで、私はそんな事すらどうでもいいと思えてくる。


先生の言葉や態度でバカみたいに一喜一憂していて忙しい。


「そっか。それなら、いい。」


先生は安心したのか、私の頭に触れていた手を離すと、その手をポケットに突っ込んで、歩き出す。

私も急いでついていこうとしたけれど、急ぐ必要なんてなかった。



先生は、今度は私のペースに合わせるように歩いてくれる。

先生は隣で何も喋らないけれど、隣を歩いてくれる優しさがなんだかたまらなくうれしい。


あぁ、やっぱり私、先生が好き。



隣を歩く先生の横顔をチラリと見ながら、自分の溢れだした気持ちを確信した。

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