その男、猛獣につき
「ごめん…」

 

先生が小さく呟く。

 

先生に謝ってほしくなんてないのに。

 

でも、謝られてしまったらもう何も言えなくなってしまう。

 

「有田、本当にごめんな」

もう一度、呟いた先生は、ADL室を出ていく。

目の前で閉められた襖が、先生との心の壁に思えて苦しくなる。

 

「今夜は治療用ベッドに寝るから。何かあったら声かけて」

襖の向こうからかけられた声に、小さく返事を返す。

 

外は轟々と風雨の音がしていて、襖の向こうでは先生の物音がする。

私は壁にもたれ、膝を抱えこんだまま、溢れる涙を止めることが出来ずにいた。

 

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