その男、猛獣につき
☆★☆

「あら、興梠先生のお嫁さん?」


「違いますよ。そんなわけないですから。」


私が後ろで否定を込めて頭を振るのよりも早く、先生はピシャリと冷たく言った。



ベッドの上で先生のリハビリを受けていた80歳をとうに過ぎたお婆ちゃんが、先生の返答に、興梠先生のリハビリを見学していた私に向かって苦笑いした。



私もその笑顔に愛想笑いを浮かべる。

先生を見ると、そんな事どうでもいいと言った調子で黙々と治療しているのが、背中越しに伝わる。



凛とした後ろ姿を眺める。

スラリとした背中、七分袖から出る二の腕には程よく血管が浮いているのが分かる。




「ありがとうございました」


治療が終わり、お婆ちゃんがベッドから起き上がる。

近くに置いてあった杖を手にして、確かめるように2、3歩歩く。



「痛み、どうですか?」

先生が尋ねると、
「さすが、興梠先生ね。」


お婆ちゃんは、少し振り返り穏やかな優しく微笑んだ。


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