その男、猛獣につき
『そんなこと言われると私、勘違いしてしまいます。』

そう、確かに言ったのにクラクションのせいできっと先生の耳には届いていない。

けれど、言うタイミングを逃してしまった言葉を私は仕方なく胸の中に押し留める。


車内には、先生の好きな洋楽が流れてくる。
心地よいはずの洋楽なのに、沈黙したままの空間のせいでなんだか居心地が悪くて、私は黙ったまま流れゆく景色に視線をうつす。




ふと先生の左手の指の背と私の右手が触れ合う。

その一点だけが急速に熱をもち、意識が集中する。

それでも気付かないふりをして、私は外を眺めていると、先生の手が私の手に重なる。
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