その男、猛獣につき
「あっ、いや。そこまで言うつもりじゃ。」
先生は嗚咽を漏らして泣く私に、急にオロオロし始める。
「……すまん。」
私に向かって、小さく呟いた。
「……私の方こそ、すみません。」
きっと、涙で顔はぐちゃぐちゃ。
嗚咽を漏らしながら伝えた言葉は先生にしっかりと伝わったかすら分からない。
「ほら。」
そんな私に、先生はティッシュを差し出してくれた。
しかも、箱ごと。
「ありがとう、……ございます。」
嗚咽を混じりのお礼なんて聞かずに先生は部屋を出ていったかと思うと、缶コーヒーを持って入ってきた。
先生は、私の前に缶コーヒー、ではなく《ミルクたっぷりカフェオーレ》とパッケージされたカフェオーレを置くと、何故か私の横に座った。
「とりあえず、これ飲んで落ち着け。」
先生の言葉に、いつもの冷たさはなく、柔らかい。
それでもまだ嗚咽を漏らす私の横で、
ふぅぅ。
先生が大きく息を吐くのが分かる。
「……これだから、しげちゃんに男の実習生にしろって言ったのに……」
ぶつぶつ呟く先生は、まるで少年のようだった。
そして、先生は私の背中に優しく手を置いたかと思うと、上下にさすってくれた。
《冷徹の興梠先生》とは、いつもの冷たい印象とは、正反対の暖かくて大きな手に擦られて、私は不思議と落ち着いていくのがわかった。
先生の手は、まるで魔法の手。
その手で、私だけじゃなくてもう何人もの患者さんを幸せにしてきたんだろう。
このまま、ずっとこの手に触れられていたい。
そんな想いが、ふと頭をよぎった。