その男、猛獣につき


「違うわよ。ここにいるじゃない」

嶋本さんが、そう言って指差したのは私だった。

 

えっ?

 

驚いて、先生の顔を見る。
先生も動揺したようで飲もうとしていた焼酎を思い切り噴き出した。

 

「ない、ないですよ。嶋本さん」

先生の即答に、私も俯いて、 頭を横に振るしかない。

「えぇ。私はお似合いだと思うけどな~」

 

「10歳近くも歳離れていますし」

私は小さく嶋本さんに言うと、そんな年なんて関係ないわよと笑い飛ばされた。

 

「そうねぇ。有田さん。眼鏡外すとかわいいし。興梠先生も眼鏡外すと、意外に幼く見えるから、歳の差があるようには見えないんじゃないかしら」


竹内さんまで話題に乗ってきた。

 

「ない。ない。あり得ない。」

ぶつぶつと隣の興梠先生が呟くのが聞こえてくる。

 

そ、そうだよ。

あり得ないよね。

バイザーと実習生なんて。



先生のつぶやきを聞きながら、自分に言い聞かせる。
すると、少しだけ胸の奥がチクリと痛みを覚えた 。


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